日々のあれこれーのんびりくらし

日々のあれこれーのんびりくらし

終の棲家で花遊び❀

松本清張「神々の乱心」・原武史「松本清張の「遺言」「神々の乱心」を読み解く」を読んで

 松本清張「神々の乱心」

作家でありながら資料をたんねんに読み込んで歴史の真相を見抜いているような気がする松本清張

むしろ作家であるからこそ、学者と呼ばれる人たちが気が付かないような人間の感情に基づいた行動をたどって真実にたどりつけるような・・・

今回の作品は遺作であり未完なのですが、壮大な小説でした。

f:id:Xiaoren:20200714074702j:plain

松本清張「神々の乱心」

昭和初期満州国成立前後、不穏な雰囲気の日本国内。

上巻では、主な登場人物というか探偵役は2人。

無政府主義者だけでなく、新興宗教も国家転覆を目論んでいるとして特高警察の吉屋係長は、埼玉県のある研究所(彼はこの施設を宗教施設と疑念を抱いていた)から出てきた若い女性を尋問する。

この女性は、宮中の女官でその後自殺する。

係長は自責の念と疑惑から調査を開始。(最後まで女官の自殺の理由は不明)

 

一方、この女官の上司(宮中の掌侍)の弟萩園泰之も、女官の兄の自殺の理由を知りたいという切望に動かされて調査を始める。

泰之は華族の次男で「華次倶楽部」なるものを主宰。当時華族家督を継げるのは長男だけで、次男は平民として生きざるを得ない。(とはいうものの庶民からしたら『華族のお坊ちゃん』として遇されたりしていますが)

 

満州の阿片と土着の宗教、宮中のしきたり、日本の神話がかなり出てくるので、近代と思っていた昭和初期なのにと私には意外でした。

今上(昭和)天皇と貞明皇太后の軋轢などもそれとなく挿入されていたり、世情の不安などから宗教がかなり浸透していたことも興味深い。

迷信を信じる庶民だけでなく、宮中や将校たちの上層階級にもお告げや占いに頼っていたとか。

古代の鏡や宗教も重要な鍵となっていて、古代史に関心のある私はそのあたりも面白く読みました。

途中で起きる別の殺人事件の犯人捜しも重なり引きこまれます。

 

「でも、これって未完なのよね」とどんな形でとぎれるのか不安になりながら。

 

下巻に入り、冒頭出てきた宗教施設のできるまでが描かれます。

新興宗教って儲けるためにできるのよねーとつくづく思う。

「〇〇教」とは名乗らず「月辰会」というその宗教は、月読命を主神としています。

天照大神の子孫の皇室に不敬罪が適用されるといけないので、天照大神の弟の神を利用。

この時は「へぇー」くらいに思っていましたが、
後日、この解説本である
原武史の『松本清張の「遺言」「神々の乱心」を読み解く』を読んでみたら、
ぽんと膝打つ仕掛けだったんです!

この小説のテーマは、奥深いものでした。

 

未完ではあるものの、終盤には殺人事件は解決していて(ただし、若い女官の自殺の原因はまだ分からず)、宗教団体の教祖がこれから何かを目論んでいるところまで来ています。

清張も「あと10回かからない」と言っていたそうです。

 

下巻の終わりに「編集部註」があり、
編集者が作者とどのように終わらせるかを話していたということが載っています。

 

でも、話していた内容はあるものの

『「後は劇中人物をどんどん殺してゆくのだ」と著者は担当者に漏らしていた。先のあらすじを尋ねても、「読者をだますにはまず編集部からだよ」と笑って、教えてもらえなかったという。』

 

 

原武史松本清張の「遺言」『神々の乱心』を読み解く」

 松本清張の「神々の乱心」を読んだ後で、読むと「ここまで考えていたのか?!」とより興味深くなります。

 

ここから、「神々の乱心」のネタバレになるのでご注意。

自分の備忘録として記録しています。

 

f:id:Xiaoren:20200718101415j:plain

原武史松本清張の「遺言」『神々の乱心』を読み解く」

 

 

 

「神々の乱心」の設定で大事なものがいくつかあります。

①貞明皇太后昭和天皇の確執

後宮制度を改革しようとしたり(天皇は、女官は独身で宮中に住み込みである必要はなく、通勤して「外界」を知っているほうがいいとしたが、それでは宮中祭祀に支障がでると皇太后は考えた)、

祭祀を重視しない昭和天皇新嘗祭と地方巡察が重なり、巡察を選ぼうとした)に対し、皇太后が激怒。

宮中の女官の中にも、大宮(皇太后派)と皇居派の対立があったと描いています。

 

②宗教

生まれながらにして神の子孫である天皇が祭祀を重視しないことに、皇太后は激怒します。

太后大正天皇の病気を機に「神ながらの道」を信仰していたようですが、宮中祭祀をとても重視していた。

一夫一妻制が宮中にも確立し、女性皇族の地位が上がった大正時代以降は、女性皇族のほうが熱心に祭祀を行っていたそうです。

一方、「大本教」「天津教」のような新興宗教天皇の正当性を否定するような時代でもありました。宗教団体がいくつか不敬罪に問われて逮捕されています。

 

満州

昭和初期、日本は大陸進出をより進め、満州国が成立します。

皇帝溥儀は即位時には龍袍という清朝の礼服で儀式を行っているものの、二度の来日後は日本に同化していきます。

1940年の二度目の訪日時には、建国神廟を建てるために神器を譲り受け、新京に伊勢神宮にあたるような廟を建てました。

紀元二千六百年式典とそっくりの満州国式典を同日に挙行したり。

私は、これまで満州は日本の傀儡政権だからと思っていました。

しかし、来日時に貞明皇太后に「秩父さん、高松さん、三笠さん」と同様に「満州さん」と呼ばれ我が子のように可愛がられた溥儀は、「貞明皇太后に幻惑されてしまうのです」(「」内は引用です。p202)

ソ連侵攻から逃げるときも鏡を持って逃げたとか。

満州の阿片と土着のシャーマニズムの宗教もこの小説では重要な鍵です。

 

④弟の存在

貞明皇太后昭和天皇の弟の秩父宮を溺愛していたそうです。

二・二六事件のときに昭和天皇を廃して秩父宮を擁立しようとした動きがあったことは有名ですね。軍部の支持もあったようですし。

この「弟」というのがじわじわ効いてきます。

 

⑤吉野

自殺した若い女官は、吉野の神職の娘でした。

吉野は歴史的な事件がいくつも起きています。

壬申の乱で、甥を倒し帝位についた大海人皇子が潜伏したいたところでもあり、

南北朝の争乱時、南朝が拠ったところでもあります。

小説の連載時には、南朝後南朝のことが書かれていたのに、単行本化するときにはなぜか削除されたそうです。

大海人皇子天智天皇の弟。

明治時代になり、神器をもっていた南朝が正統とされます。
(現在の皇室は北朝系。正統性を担保するのは神器なの?!)

南北朝も含めるとなると、熊沢天皇など自称南朝天皇の子孫などもでてきて大変になりそうなので、途中で構想を変えたようです。

 

⑥神器

小説の中で鏡はとても重要な意味をもちます。

新興宗教のお告げが降る儀式は鏡の前で行われる設定になっています。

三種の神器にも鏡は含まれていますよね。

盗掘した古墳から得た鏡や剣、勾玉などをあわせて「正当な三種の神器」を用意し、皇室を否定する団体も実際にあったようで、小説でもそれらを用意しています。

 

月読命

天照大神の弟でありながら、アマテラスとスサノオの間でいまいち影がうすい神。

でも、小説の中ではこの神を祭神としています。

 

これらの設定があり(他にも細かく考えられた伏線というか設定はたくさん)、
小説は進んでいきます。

 

満州でシャーマンの女性静子と知り合い、日本で新興宗教を起こした平田が月読命を祭神とする月辰会という新興宗教を起こします。

静子は幼い娘がいる未亡人ですが、後に娘は美しく成長し、平田は娘に興味をいだき、静子は激しく嫉妬します。

 

平田は、宗教は金儲けになるから始めたようですが、信者(会員)を厳選し(どうやって宮中や上流階級の人間を信者にしたのかは不明だけど)勢力を拡大していきます。

最後はクーデタをおこし、天皇を廃して秩父宮皇位につけようと考えていたようです。

が、雷が落ちて教祖の平田は死に、事件は未遂に終わるという結末を考えていた模様。

 

事件が起こる前に絶筆になっていて、とても残念。

なぜ秩父宮か?というと、

月読命天照大神の弟、月辰会のお告げは秩父宮月読命に擬せられるため。

清張はニ・二六事件をモデルに考えていたようです。

 

しかし、原武史氏は、いくら貞明皇太后が月辰会に入信したとしても、秩父宮を溺愛していたとしても、これは成就しないのでは、と考えて別の結末を考えています。

 

そちらが面白いです。

シナリオ2

月辰会の分裂、溥儀をかつぐ満州組。

日本を兄、満州を弟とする壮大な神学をうちたて、日本での活動をやめ満州に戻る。

 

シナリオ3

貞明皇太后秩父宮の死とともに月辰会は消滅。

1940年に結核にかかり静養する秩父宮。快癒祈願のために女官を通じて月辰会に入信。しかし、1951年の皇太后の急死で月辰会の野望は潰える。

 

 

「神々の乱心」というタイトルは、本来は神の子である天皇につかなければならない神々が乱心を起こして、違うものにつくということを顕したタイトルだといいます。

その違うものというのは、次弟の宮様だったのか、溥儀だったのか、それとも、皇位簒奪(をして権力を握りたい宗教家を名乗る人物)なのか。

 

小説を読んだときには気が付かなかった設定というか伏線も解説本でなるほど!

また時間をおいて読んだら、新たな発見があるかもと思った小説でした。

 

清張の「昭和史発掘」も気になるから挑戦しようかしら。

文庫本で13巻とかあるんですよね。