日々のあれこれーのんびりくらし

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終の棲家で花遊び❀

理想のいきかた

大女優の山本陽子さんが亡くなられました。ご冥福をお祈りします。

亡くなる直前までお元気で、春からのお仕事も決まっていて、突然とのこと。

有名人のご逝去の報はよく目にするけど、たまたま昨日見た映画の影響で色々考えさせられました。

「PLAN75」を見て

PLAN75

Netflixで見た「PLAN75]という映画は、すぐ近い未来の日本が舞台。

超高齢化が進んで財政を圧迫し、若者世代の負担と不満も多いということで、75歳以上は、「自らの死を選択できる」という制度を発足させます。

役所には、推進ポスターが貼られて、受付窓口もあって、「住民票のないかたでも利用できます」という案内は、そういう人こそ利用しろということかしら?

お支度金10万円がもらえて、あくまでも本人の意志だから申し込んだ後で取り消してもOK、施設で亡くなった(当初はどんな風に亡くなるのかは出てこない)後で、合同で火葬、埋葬されるという説明。

「そうね、みんなと一緒なら淋しくないもんね、どうせ死んだら分からないし」と説明を聞きに来たおばあちゃんが遠慮がちな笑顔で頷く。

賠償千恵子は、夫と死別した78歳で、ホテルの清掃の仕事も高齢を理由にクビになり、住んでいた団地も立ち退くことになり、次の仕事と住まいが見つからず、とうとうPLAN75に申し込みます。

他の登場人物としては、役所で対応する側の若い男性、そこへ20年ぶりに会った叔父が申し込みに来て再会、
倍賞千恵子のPLAN75の電話対応担当の若い女性、また、PLAN75の施設で亡くなった方の遺品整理や処理をする仕事をする外国人女性(故郷に夫と子どもを残している)等々。

 

ネタバレします

 

叔父さんのほうは、施設で亡くなりますが(送ってきた甥が引き返すけど間に合わず。せめて葬式だけはと遺体を自分の車に乗せて連れ帰る)、

倍賞千恵子は、呼吸器をつけて「じきにお薬が出るので、そのまま眠ってしまっていいですよー」と言われていたのに、呼吸器を外して逃げ出してしまう。

夜明けをハレバレとした顔で見るシーンで終わるけど、現実はその日から暮らしに困るのにどうするのかしら。

 

死ぬ時と場所を選べたら

私は、映画を見ながら「こういうのも悪くない」って思ったんですよ。

災害で私のアパートが倒壊さえしなければ、今の資産で民間の介護施設にも入れそうだから、そんなに悲観することもないのかもしれないけど。

 

夫さんが元気なうちは、毎年夏は欧米、冬は東南アジア、合間を縫って韓国、登山や国内旅行と本当にあちこちでかけていました。

「まだ行ったことのないところへ行きたい、歴史の現場を見てみたい」と強い気持ちがありました。

でも、今は「行きたいところややりたいことはあるけど、どうしてもってわけじゃない」

コロナ禍で行きたくても行けないというのを経験したし、どんなに真剣に願っても叶わないことはあるから。

CNBLUEが東京ドームに行くまで応援したいけど、あとどれくらい?
逆に行っちゃったら、満足してファン卒業しちゃうかも?

 

山本陽子さんのように、突然逝くというのは理想と言われてますよね。

年を重ねてもきれいでいた。

 

私の場合、自宅で亡くなって、気が付かれなくて何日か経過なんてしたら、この家の資産価値が下がっちゃう。せっかく夫さんと二人で熟考を重ねて建てた家なのに。

かといって、外で亡くなったら迷惑かかるし、病院で亡くなるというのは病気でってことだから結局しんどい。

 

今回の入院前に、私の口座なども整理して、貸金庫に謄本や通帳は入れておいたし、妹にもPWの連絡はしてあるけど、それでも今後、突然何か起きたら妹たちも困りそう。

(HDDに残った写真とか、日記とか読まずに捨ててと備忘録に載せるの忘れた)

そう思うと、自分の意志や頭がはっきりしているうちに、終活を終えて、眠るようにいくのはいいなあと思った。

映画の中でのPR動画に「行く時を自分で選びたい」云々を言う女性がいて、それもいいなと。不意に行くより、準備したい。

意志が示せないくらいになってしまったら、子どももいない私は周りが困るだろうなあ。

 

夫さんが危篤になってからのまる二日間は、本当に辛そうで思い出すと今でも涙が出る。でも、逆にあんなに辛くても永遠ではなくて、二日くらいだと思うと頑張れそうだけど。

あんなに父親がつらそうだったのに、イナゴ兄は枕元にいないでテレワークしてたし、イナゴ弟は別室でスマホいじってたんですよね。

危篤のときって、みんな枕元で見守るんだと思ってた。

あぁ、ほんと、危篤だからって、呼んであげた私ってお人好し。我が家の財産を値踏みに来ていただけなのに。いつか因果応報という言葉を実感するがいいさ(精一杯の毒吐き)

 

安楽死が合法の国

安楽死が合法の国は世界中に割と多い。

その中で、カナダの記事を読んで驚いた。(2019.3.21日経新聞

「カナダでは、2016年から医師による安楽死の認める要件として、

①カナダの公的医療サービスを受ける資格がある

②18歳以上で意思能力がある

③治療の難しい重篤な病気を患い、自然死が合理的に予見できる

④医師の説明があり、患者が自発的に安楽死を希望している

 

新たな法律では「自然死が予期できる」とする要件を撤廃する。

重篤で治癒が見込めない病気や障害を患い、患者が耐えがたい苦痛を抱えている場合、致命的な病気でなくとも安楽死を選択できることになった」

精神的疾患しかない場合は、従来は認められなかったけれど、今後は認められるようです。

治らないと分かって戦うのが辛かったら、自ら生を終えるというのは悪くないんじゃないかなあ。

頑張って頑張ってもう駄目だってなるまでって、本人も見ているほうもけっこうしんどい。

でも、これ、自分目線で考えたら使いたいけど、夫さんがこの制度使いたいって言ったら絶対反対だわ。

奇跡がおきるかもしれないからなんとか頑張って、って思ってしまう。

 

万一、私が再発して、ステージが進むころには、日本も制度が変わってくれたらいいのに。「PLAN75」もいいと思う。

医療が進歩して、がん治療が治るようになると、日本はますます超高齢化社会になってしまう。お金があれば長生きしててもいいのかな。

医療が進歩して高齢化が進むと、公費負担分も増えてしまうし、うーん。

某大物政治家とか見ると、長生きして老害しかなさそうなんですけどぉ。

 

読み返したら、日本は同調圧力の強い国だということを思い出して、再考が必要だと気付く。

一人だけ長生きしていたりしたら、圧かけられたりしそう・・・

 

理想の生き方、逝き方って何だろうって考えさせられました。