やっと読み終わりました。
読み応えありました。
事件の概要は知っているのでたどる感じでした。
途中安藤大尉に感情移入してしまい、他を忘れてしまうほど。
でも主役感のある青年将校たちより、叛乱軍になってしまった兵たちが気になりました。
印象に残っている部分をいくつか挙げます。
若い時はいい人なのに?
6巻では、決行前夜までの様子が描かれています。
青年将校たちの人柄なんかも証言を交えて紹介されています。
「二月二十五日夜」の章は緊迫した決行前夜の様子が描かれていてドキドキします。
アクション映画かなにかのように思えてしまう。
青年将校たちは、部下の兵を使うことが、天皇の兵を使うことになるので「統帥権の干犯」にあたるのではと悩んでいます。
落としどころは「同志」ということですが、蹶起の朝にいきなり告げられて(蹶起趣意書を聞かされた隊もあれば、別の理由で出動した隊もある)、ただ命令通りに出動して叛乱軍になってしまった兵たちがかわいそうで仕方ない。
上等兵たちも知らされていなかったし、初年兵(入隊してわずか50日)も多かったというし。
部下を本当にかわいがっていた安藤大尉の話とか
(銃剣を無くした兵士と一緒になって探しだし罰せず「よかったなあ」と言って立ち去って、その兵士は安藤大尉に傾倒したとか、
お給料の中から困窮している部下の家に仕送りをしてあげたとか、
私的制裁は絶対禁止等々人柄を偲ばせるエピソードの数々にこれなら安藤大尉のやることは間違いないと思うはず)、
演習のときに紛失したといって実弾を少しずつためていた(これなんか部下が上官の意を組まないとできない)栗原中尉の話とか、
人望の厚い将校たちも多く、なんだかねぇ、
こういう人たちが出世して組織を変えていけばよかったんじゃないの?なんて思ったりして。
事件の翌月には満州に異動が決まっていて、対ソ戦も始まるかもとの情勢の中、それまで待てなかったというのが要因の一つなんですけどね。
若いころは国家や部下を思っている青年将校たちも出世したら変わってしまったのかしら?
歴史にもしはないけど、あのクーデターで軍部の首脳や政権が変わっていたら、
あんなインパールや特攻みたいな無謀な作戦は起きなかったかも?
巻き込まれた人たちは
8巻の「崩壊」の章で、叛乱軍とされ、せめて下士官兵は原隊に戻そうという動きになったときの、安藤大尉の中隊のシーンは泣けます。
「吾らの六中隊」の歌を歌うシーンを電車の中で読んでいて泣きそうになってあわてて本をしまいました。
引用しようかと思いましたが、ぜひ読んでください!
安藤大尉ーーー!
学生の頃に映画を見たような気がしてキャストを確認したら三浦友和さんでした。
納得のキャスティング。そのシーンは全く覚えてないけど。
兵たちが家族に送る手紙が多数引用されています。
ひらがなが多い手紙があったり、どの手紙も家族への感謝に溢れていて切なくなり、
「国のために死ぬのみです」「僕たちのやることは正しい」「世間の悪宣伝は信ぜぬように」とあるのを見て、
上官の命令に反発できないというか疑問を抱くこともできないような構造に胸が痛くなります。
妻の気持ちを思うと泣ける
青年将校たちは家族にも知らせていないのがまた泣ける。
坂井直中尉は2月9日に結婚してるし。
新婚のうちに夫が拘留されそのまま処刑されるなんて。
「妻は何事も知らず帰宅の時間を尋ねる。「今夜はおそい、先に休め」と簡単に云って別れる」(6巻 磯辺浅一「行動記」の引用)
25日の夜に自宅を出るときに「珍しく子供を抱き上げ何回となく振り返った」と供述している村中夫人の話とか。
失敗したら死ぬことになる一大事を妻にも黙っていられるってすごい、と私はそこにも感心してしまう。
でも、私からしたら「家族を守れないのに革命とか言わないでー」とも思う。
裁判の判決に
事件中に「兵に告ぐ」のビラがまかれて帰順したということは知っていました。
あのビラに「今からでも遅くはないから原隊へ帰れ」とあったのに、
実際には将校だけでなく軍曹・曹長クラスの下士官や安藤隊の兵たちも軍法会議に掛けられたと知って驚きました。
裁判ではなく、法務官はいるものの密室審理で判決が言い渡されたようです。
将校たちについては、重刑主義でさっさと終わらせる方針ができていたようで、将校たちが望んでいた「裁判で自分たちの主張を述べ国民に昭和維新 をつなげる」ことはできませんでしたが、
下士官兵たちについては、法務官たちは悩んでいたようです。
事件に参加したのが命令によるものだとして、それが罪になるのか?
大臣を襲撃するという命令がおかしいと思ったとしても、それをおかしいと言って従わないことはできない。
というかそれを認めると軍隊の強固な関係が崩れてしまうから。
入隊した兵たちは「隊長は父、班長は母と思って困ったことがあったらなんでも言え」と疑似家父長制の中に押し込まれ、上官の言うことは「天皇陛下の命令だと思って聞け」と教え込まれる。
安藤大尉みたいにいい隊長だったら、「中隊長のやることに間違いはありません」ってなってしまいますよね。
そもそも考えないように訓練する。絶対服従の世界。
下士官たちには「大臣襲撃なんて、命を賭しておかしいと言えただろう」とする意見もあったようですが、結局は強制されて参加したと抗弁した人も多かったです。
下士官たちは無罪か執行猶予でも免官になり、満州の警官になったものもいたそうで、
大部分の兵は無罪か執行猶予付きとなりますが、判決後満州に派遣されてほとんどが戦死してしまったという悲しい話でした。
事件関係者を軍上層部は許してない。
戦死という形で片付けた感じです。
現代に置き換えて考えてみたら、
会社の不正を暴こうとする課長、その内部告発の資料を新人が言われるままに作る。それを係長が見つける。
新人は数字や文字の意味がよくわからないままに作ったとして、係長は重大さを分かったとして課長を止めなかったからと言って、内部告発した課長の部下課全体が責められるってことになるかしら?
その内部告発だかなんだかの内容にもよりますよね。
専務派と常務派で事前に専務の応援があったとして、いざとなったら専務は裏切って課長は左遷。さらには止めなかった係長や新人まで他部署に異動。
すみません。ドラマの見過ぎです。
不正の内容はさておき、部下は上司にどこまで意見ができるのでしょう?
これまで大企業に勤めたことがないのでよくわかりません。
自分が部下なら止めた?一緒になって戦った?
でも、知らないうちに巻き込まれてたらもうどうしようもない。
将校たちの主張や処刑に至るまでも読んでいて感情移入してしまいがちでしたが、
これまで、青年将校や軍の上層部の動きばかりを見聞きしていたので、
今回巻き込まれた兵士たちの家族あての手紙などを多く見て、なんだか兵士が可愛そうでしかなかったです。
巻き込まれた人たちはどうすることもできなかったから。
松本清張のこの「昭和史発掘」は、将校たちだけでなく兵にも多くの頁を割いている点が素晴らしいと思います。
完読してよかったです。
巻き込まれなかった人たちは
5.15事件のときは将校たちだけの行動だったので、「純粋無垢」な将校たちの暴走ということで、同情論も多く助命歎願運動も多かったのに、
2.26事件のときは部下の兵を引き連れて行動を起こしたことで、兵を家庭から送り出す側の国民の共感を得られなかったとありました。
寺内陸相が事件後、国民に対して丁重な声明を出したことも初めて知りました。
危険な思想をもつ将校は徹底的に排除するから、徴兵忌避などせず、軍民一致して国防にまい進するようにと協力をお願いしています。
将校たちは自分たちの蹶起が全国に波及すると思っていたけどそれは起こらず。
将校たちに期待を持たせるようなことを言っていた軍上層部たちも天皇が激怒していると知ってからは保身に走る。真崎は結局無罪だし。はぁー?!
国民の多くは、事件の報道を知っても自分に関係のない世界の人たちが暗殺されたと思って日常生活を送っている(子供が反乱軍になってしまった人や宮城近在の人以外)。
反乱軍討伐の準備で近隣の住民を避難させるときに住民が政府の支持に従って粛々と非難している姿に、海外特派員が感嘆しています。
教科書では黒太字で書かれるこの2.26事件。
被害者、関連した人以外は当時そんなに関心がなかったかもしれない。
もちろん当時ワイドショーがあれば連日報道されただろうけど、テレビの中のできごとのように見ていたかも。
でも、その後陸軍の中で皇統派が一掃されて統制派が仕切り、中国との戦争や太平洋戦争へ突き進んでいく。
昭和維新が実際に起きて、天皇親政や軍政で政治が変わったとしたら、後の大戦に繋がらなかったかというとそれも無理な気がします。
だからといって、女性には参政権もない当時、生活に追われていた普通の庶民が何かできたのか?
今はコロナ禍もあって不景気だし格差も大きくなってきて嫌な事件も多くて、何か知らないうちに変な流れができていたらどうしよう。
上司に意見できるかさえ考えちゃうくらいなのに。
とりあえず、老後の生活は大丈夫って安心していて大丈夫なのかしら。
周囲に忖度させるような首相が退陣して、新首相は方針を継承するって言ってるけどまかせていいの?
「歴史に学べ」というけど、2.26事件のような大規模なテロ事件を読みつくしても、だから何ができたかと考えても答えが見つかりませんでした。