日々のあれこれーのんびりくらし

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終の棲家で花遊び❀

角田光代「坂の途中の家」を読んで、夫婦について考える

図書館で何気なく借りた本。この筆者の心理描写があまりにうますぎて、毒気に染まりそう・・・

感想と備忘録です。引用ではなくざっくり書いているので、表現は小説とは異なります。青字は私の感想です。

ちなみに私は子供がいないので、子供のいる女性とは観点が違うかもしれません。

 ネタバレになりますので、ご注意ください。

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角田光代「坂の途中の家」

 物語の設定

2歳イヤイヤ器の娘と夫と暮らす専業主婦が主人公。

乳幼児の虐待死裁判の補充裁判員になったことから物語が進んでいきます。

 

生後8か月の娘を浴槽に落として死なせたとして刑事裁判の被告となった妻。

証人の話から、主人公は被告がどのような人物か知ろうと努めるうちに自分のことを振り返るようになります。

証言1 夫と夫の母(義母)

夫は、妻が育児で悩んでいるとして自分の母親に助けてもらうために家に呼ぶも、「子育てに関する考え方の違い」から妻が義母の助けを不要とするので断った。平日遅くて見られないから土日は子供を自分が見ていた。

妻は保健師さんの訪問や義母の助けも拒絶してどんどん内にこもっていったという。

 

ここまで来たら「いいダンナさんとお義母さんなのに、なぜ?」と思いますが、ふたをあけたら・・・

義母はかわいい孫を殺した嫁が憎く自分の息子はかわいいので、どうしても息子をかばう証言に。残業続きで忙しい息子(夫)に夜泣きで眠れなかったりしたら大変だからビジネスホテルにでも泊まればとか、育児経験のある女性にアドバイスを聞いてみたらと勧め、息子もそれに従っていた。

「どうして専業主婦の妻がいるのに、夫が仕事のかたわら子育てまで協力しないといけないの」という義母。

夫は土日に子供を見ると行って、子供と一緒に外出し元カノに会って食事をしたりしています。そのメールを見て妻は傷つくのですが、公開されたメールは育児の相談やごく普通のお礼などで「やましいところなどない」と夫。

 

主人公は自分が妊娠中に帰りが遅い夫に対して不安になり、携帯を見てしまったことを思い出します。実際何もなく、浮気を疑った主人公は「妊娠中の不安から」だと安心するのですが、携帯を見たことを夫が気づいて恥ずかしいことだと言う。主人公はいたたまれなくなるというエピソードも出てきます。

 

 

元カノに会っても育児相談だけだし、メールも全くのシロですが、主人公はすごく拘りを見せます。

主人公は裁判が進むにつれて、被告の女性に感情移入するようになります。

もしかして、夫は妻を不安にさせるようなことをわざとしたのではないか。だからメールを見ざるを得ないことになって、それを恥ずかしいことと侮辱されることになったのでは・・・

なぜ、そんなことを? 

 

証言2 妻(被告人)の友人

 

妻の学生時代の友人は、学生時代は勉強熱心で目標をもち努力するような女性だったと証言。検察官は被告を「ブランド好きで子供を産んだけど思うようにならずに殺した」というストーリーを作っているから、不利になるかと思い、「上昇志向を持っていた」という言葉を訂正します。

臨月の時に遊びに行った時に見た夫と被告のやりとりから、笑顔で言葉はやんわりとしているのにお互いに傷つけあうような内容なので、居心地が悪い家庭だと思う。その友人は自分に子供がいないこともあって、関わらないようにしてしまったが、この事件が起きて後悔していると証言。

友人は被告が不安がっていたことも証言。経済的なこと(夫の収入が当初妻よりも低く、子供ができて妻が仕事をやめたので収入が減ることを心配)、子育てそのものに対する不安など。そして、「夫が怖い」と言っていたと。「男言葉」や「大声」「不機嫌になると無視される」ことが怖くて、言いたいことが言えなかったと。

夕食のピザの出前に、夫は「ふつうなら友人を手料理でもてなすが、それもできない気が利かない妻」と言う。「仕事をしていた時なら仕方ないけど、やめてもおなじ」と笑顔で穏やかに話す夫。友人は「ふつう」という自分の意見が正しいと相手を断じるところが理解できません。自分より稼ぐ妻が許せなくて、育児を理由に仕事をやめさせたのに家政婦にさせたい? 友人は自分も「臨月なのに遊びに来て夕食まで居座る非常識な友人」だと責められているような気になっていきます。

もしかしたら、被告は夫の話からだんだんと自信が奪われていったのではないかと主人公は思うようになります。そして、その姿は自分にも重なっていきます。

 証言3 妻(被告人)の母親

妻の母親は孫に会ったことがありません。アルバイトのような婚約者の職業に父親が結婚を反対したことから疎遠になり、娘夫婦(被告人夫婦)と会えないようになっていたから。母親は娘(被告人)が結婚後も働いていることを可哀そうに思っています。経済的に困っていると思って自分の夫に内緒で娘にお金を送ったこともあります。

被告人は自分の母親に同情されたくなくて育児の悩みを相談できません。夫とうまくいってないことも。

 

主人公は、夫と義母の関係と、妻と母の関係から自分のことを振り返ります。

主人公も地方出身で、東京の大学を出て東京で就職します。東京の大学にいくことは「女の子なのにえらいわねえ」と言われる(決して褒められているわけではない)。

仕送りの額から住める下宿は貧相で、母親は主人公に向かって「地元の短大に行けば、こんなみじめなところに住まなくてよかったのに」と言います。

娘を愛していないわけではないけど、自分の知らない世界に行くことを応援できない。料理のことは聞けたけど、進学のことや恋愛については母親に相談できなかった自分のことを思い返し、主人公はどんどん被告に感情移入していってしまいます。

被告人に対して

被告が事実と違う育児日記をPCの中に書いていたことも発覚。育児日記の中では、泣き止まないとか体が小さいとか無表情とか全く触れずに、「とってもいい子、ママの誇り」「赤ちゃんモデルにスカウトされた」なんて言葉もあって、検察官は「事実と理想が違うことが原因で子供なんかいなきゃいいと殺したのだろう」と質問します。

裁判員たちは、裁判に派手な服装で現れた被告に対していい感情を持っていません。そんな中、主人公だけが、育児に悩む姿に自分を重ねてしまいかばおうとします。まるで、自分が裁かれているような気分になっているよう。

 

主人公と夫と子供と義母の関係

主人公はそれまで専業主婦で子供と二人で昼間過ごしていたのに、刑事裁判の補欠裁判員になったことで、朝子供を義母に預け、昼間は裁判に加わり、夕方義実家に迎えに行きヘトヘトになります。まして、子供は反抗期真っ最中。甘い祖父母と遊んで疲れた子供を連れて、義母の作ってくれたずっしり重いお惣菜を持って、バスと電車を乗り継いで帰ってくるのは一仕事。

子供をきつく叱ったところを見たり、ビールでも飲まなきゃやってられない!と飲んでいる姿に、夫からは「キャパ以上のことを引き受けてアル中になっちゃうんじゃない」云々を言われたり、義母に「疲れているのだから泊っていったら」と言われたり。

夫が「たかが補欠なんだから大変ならやめればいい。自分で言えないなら俺が電話でことわってあげるよ」と言う。

そういったことにだんだんと違和感を主人公は感じていきます。

 

色々と同情すべき点はあるとされながらも、判決は懲役九年の有罪になります。

 

この小説は、育児に関する悩みから起きた事件について考えるよりも、夫や母親との関係について考えさせられるものでした。

 

なので、育児をしたことが無い私でも、すごくハマって読んでしまいました。

 

印象に残っていることと感想(感想は青字)

裁判員の女性の中に、裁判に参加したことで毎晩うなされたり晩酌の量が増えた事について、その女性の夫が心配して裁判員をやった人に対するカウンセリングがあるということを調べてくれた話が出てきます。(実際あるみたいです)「そういうものもあると思うと少し気が楽だね」と夫が言ってくれたそう。

それを聞いた主人公は自分の夫にもそれを話す。しかし、自分の夫の返事は、カウンセリングに行くとしたらまた子供を義実家に預けるのかと。さらには、義母から「裁判の後で精神科にかかるかもしれないのね。子供は預かるから大丈夫よ」と言われ、夫が義実家に話したことに傷つく。主人公は、ただ「そんなに大変なんだ。頑張ってるね」と言ってほしかっただけなのに。

すごく分かります!!妻が大変なときに心配してくれるか、応援してくれるか、「大変なんだからやめればいいのに」と言うのか、その大変さの内容にもよりますが、夫の行動ってすごく大事ですよね。それを「精神科にかかる」だなんて大袈裟に悪く自分の母親に言うって何だろうと、主人公の夫に対してすごくイラつきました。

 

被告の義母が自分たちの家にくることになったときも、夫は被告に相談も無しに呼んだことに被告が傷つくとなぜ理解してもらえないのかと、主人公は思う。

 

夫婦で育児の大変さを共有し、話し合いの末に「じゃあ、お義母さんにお願いしようかしら」ということで来てもらうのと、妻に相談も無しに、夫と義母の間で大変そうだから来てやってよとなるのは、信頼関係はどこにあるのかという話ですよね。

 

主人公の夫は、婚約時代に結婚式の準備など「まかせる」と言ったわりに、主人公が決めたことに対して「こんなもの普通は選ばないよ」と言って、選びなおしたことがあったそう。その他にもたびたび「こんなことも知らないの」と笑顔で言われる。

主人公は自分が親との関係が悪かったことに引け目を感じていたこともあり、そんなものかとだんだんと考えることをやめ、夫に任せるようになっていきます。

 

主人公の夫も、被告の夫と同じように、自分を貶め自信を奪ってきたと最後に気づきます。

なぜ?憎んでいたのか?憎まれる覚えなんてない・・・

それが夫の愛し方だから。

妻が裁判員になって、自分の知らない世界を見て自分の知らないことも話し出す。一家のあるじもたいしたことないと気付くかもしれない。だから、「裁判員なんて無理だ」「これくらいのことで飲んでいるようじゃ、働きだしたらアル中になっちゃうかもね」などと言ったりする。

「常識がなくて何もできない妻」だから夫に決断を任せてきたのは、そんな愛し方しか知らない夫に愛されるため。

「こんなことも知らないんだね」と言われるたびに、てへっと笑ってきた。「ひどーい」ということはあっても、じゃあできるようにしようとか、直そうということでもなく。夫もただ君はおかしいと言ってきた。それを受け入れてきたことに気づく。

 

そのことに気づいた後、被告の夫が判決後も離婚せずに被告を待つと聞いた時に、周囲は「許すなんていい夫」と感嘆する中、「あの夫から服役後も逃げられない」と主人公は恐怖を覚えます。

 

この話の結末がこんなことになるなんて、すごく意外でした。この小説が書かれたのは2011年で、2016年に単行本化するにあたって大幅に加筆修正されたとありました。夫婦間のモラハラを聞くようになったのはこの数年ですよね。暴力をふるうことだけがDVではないと知られるようになりました。

主人公の夫も被告の夫も、「妻を愛している」と思っているのでしょう。「妻を心配していい夫だ」と自分でも思っているかも。でも、夫が心配していることを伝える相手は妻本人であって、周囲ではないですよね。

 

「まかせる」と言われたのに、夫のいうことでひっくり返されるところで、我が家を振り返り思わずくすっと笑ってしまいました。

新居を建てるときに、外構や庭について、我が夫さんも私に任せてくれた割には、口をはさむこと多数。

ここで、私が面倒だからと夫に従っていれば我が家も平和になるのかもしれません。

でも残念ながら、私は夫さんに言われっぱなしになるほど、考えがないわけではなりません。登記や税金のことは、自営業の私のほうが仕組みをわかっていることも多かったですし。感情的にならずに、我が家はちゃんと話し合います。

夫さんは私に言われて不機嫌になることは全くないのがよいです。妻に意見を言うのを許さない夫もいますが。

 

本当に嫌になったら、この家を出て東京で一人暮らしをすることも経済的にも精神的にも余裕でできると思うと、主人公のように恐怖や不安はありません。

 

もちろん、そうならないように(夫さんとの関係が平和になるように)、二人で直すべき点など歩み寄って老後の二人暮らしを進めるつもりですけどね。

 

「引っ越してきてから、前ほど夫さんを好きでなくなった」と先日伝えてしまうほど(笑)

言われてかなり驚いていましたけどね。あれだけ口うるさく言っていてそれでも好意が減らないと思ってたなんてすごい自信だと私は逆にビックリ。私は「永遠の愛なんてない。常に更新されていくものだ」が持論です。

 

来年から、退職して家にずっと夫さんがいると思うと、私も反省点は多いです。

夫さんは多分世界中で最も私を理解してくれる良きパートナーなのですが、完璧な人間でないことを私もいい加減分からなきゃ。勝手に減点して「好きじゃなくなった」なんてひどい妻ですね。

「絶対幸せにする」「君のやりたいようにしていいよ」「そのままの君でいいから」なんて口約束を信じるなんて女子高生かよ(笑)

 

これから結婚する人は、男女を問わずこの小説を読んだ方がいいかも。

自分の愛し方がが間違っていないか。「幸せな結婚だと周囲に思われたい」と思って、自分の中の違和感を無理に消していないか。 二人でちゃんと話し合えるか。

 

あまりに引きづられそうだったので、しばらくこちらの筆者の小説はやめようと思いました。わくわくはしても、感情移入ができそうにない塩野七生ローマ人の物語」くらいがちょうど良いかも。

 

ここまで読んで下さった方、今回も長々とお付き合いいただきありがとうございました。